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   西田 亙の本:GNU 開発ツール -- hello.c から a.out が誕生するまで --

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2003-10-04 (Sat)

[Books] CPU の創りかた・読了

二晩をかけて CPU の創りかたを舐めるように読んだ。ここまで手間暇かけて丁寧に読み込んだのは、SICP と共に久しぶりのことだ。いくつか問題点はあるものの、本書の中身は私の想像を遙かに超えるものだった。

前評判は「萌える CPU 本」ということで、世間の話題をさらった訳だが、派手なのは表紙だけ。中身はほとんど「萌えていない」と私は思う。「もっとイラスト増やした方がいいんじゃない?」と、感じたほどだ。個人的には結構、気に入っていたりする。

しかしである。文章まで萌えるのは、いかがなものか。読者の気を引こうと努力しているのは分かるが、この文章は少々悪ふざけが過ぎる。優れた内容を記述しているにもかかわらず、文章でその価値が激減している点は、いかにも惜しい。文章はあくまでも、簡潔明瞭にが大原則である。文体は Dry すぎる位が、読者にとっては理解しやすいのだ。叶うことなら、改訂第二版では文章を全面的に書き直し、その分イラストで萌えまくってほしい。

で、内容であるが軽妙な文体に騙されそうになるのものの、要所要所で本質をグサッと貫くことが書かれている。捉え方は人それぞれだろうが、私の場合は第7章でクライマックスを迎えた。この章ではフリップフロップが紹介され、1bit CPU が登場する。私は、この章の170, 171 ページを読んだ時、目からウロコどころか、まぶたが落ちた。

ここで、著者は「CPU の本質は転送命令にある、演算は転送命令の修飾形に過ぎない」ことを強調している。この一言で、ハードウェア音痴の私は開眼した。アルキメデスは比重を風呂場で発見した際、感激のあまり素っ裸であたりを走り回ったというが、まさにその通り。私も嬉しさのあまり、この感動を誰かに伝えたいとあたりを見渡した。が、そこには高イビキで眠り込む嫁さんと娘しかいなかった・・。人生とは孤独なものである。

これまで一体何冊の電子・論理回路の解説書を購入してきたことだろうか?数十冊どころの騒ぎではないような気がする。浪人をきっかけにして目覚めたコンピューターにハマルこと、20数年。論理回路の本質を語りかけてくれる書籍に、この歳で出会えたことは望外の幸せである。逆に言えば、世の中の「アタマのいい大先生方」や老舗の出版社は、この20年間一体何をやっていたのだろうか?

実は、この9月に「コンピュータ設計の基礎知識」という本が共立出版から発刊されている。DesignWave Magazine にも連載を寄稿されている清水氏によるものであり、副題は「ハードウェア・アーキテクチャ・コンパイラの設計と実装」と多岐に渡っている。もちろん私も購入したが、授業のテキストを念頭に執筆されている背景は分かるが、余りにもハショリ過ぎである。内容自体は大切な事が書かれているので、清水氏の一ファンとしては誠に残念。このテキストを持参して、東海大学で授業を受けることができるのであれば、最高なのだろうが。

また、本の造り方も20年前と変わることのない共立スタイル。「教科書というものは、威厳があり難しくなければならぬ」という社是でもあるのだろうか?SICP を見れば一目瞭然だが、難しいことと、読者が理解できることは、全く別物である。SICP が述べているような高度に抽象的なテーマであっても、優れた著作家の手になれば、平易な文章で読者は納得することができるのである。「小難しくて、訳分かんない」が、日本の理工学出版界が生み出したスタイルだと言っても過言ではないだろう。可哀想なのは、私達読者である。

ちなみに、現時点で amazon.co.jp における売り上げランキングは、「CPU の創りかた」が6位、「コンピュータ設計の基礎知識」が 38,681 位。売れる本が良い本とは限らない。それは分かっている。しかし、読者の心を掴むことができるというのは、とても大切なことだ。日本の技術者は、心の底で疎外感に悩まされている。だから、「どうして?」本が売れるのだろう。CPU の創りかたは、この市場に「萌え」と「CPU 本」を掛け合わせることで挑戦し、結果として大成功を納めたと言える。

おそらく、ほとんどの読者は「ノリ」で購入しているのだろう。読了後に一体何人の読者がハンダゴテを握りしめるのか、その数は知れているだろう。しかし、千人の中に一人でも、TD4 (Toriaezu Dousa surudakeno 4bit CPU)製作に取り組む読者がいれば、本書が日本にもたらす貢献は20年来の快挙だと私は思う。

パーツ発注

読了後、直ちに TD4 製作体制に入った。「これで読むだけやったら、男がすたる」わね。「はじめに」の中で著者も言っている「一生に一度も CPU を作らないのは末代までの恥・・といった意味不明で素敵な発想が出来る人」。私って素敵?

さて、こうなると辛いのが田舎ものの悲しさである。田んぼや畑はあるが、秋葉原・日本橋はない、どこにもない。この現実をどう受け止めるか?通信販売も良いが、品揃えが今一だし、時間もかかる。思い立ったが吉日、パーツはすぐ欲しい、明日欲しい。

こんな田舎者の願いを叶えてくれるのが、「アールエスコンポーネンツ」だ。まだ利用したことはなかったが、日頃の情報検索からこの会社のサービスが迅速であることを知っていたので、無料カタログだけは取り寄せておいたのである。これが、今回役だった。週日の午後6時までに発注すれば、なんと翌日には届くらしい。「ホンマか〜〜!」

ホンマでした。詳細は、また後日。最後に「はじめに」から著者の言葉を引用しておこう。

「CPU を作ったことがある」というココロの肩書きは一生有効です。
ええ、経験というモノは死ぬまでタダで使えます。
最速PCの賞味期限よりは長いはずです。

御意。